ハイコンバンワ。管理人です。
ちかごろ地震も激しい現地から生中継でお送りしております。
ひじょーに激しい風雨でーすー。
って台風中継ってなんであんなに無理するのかわかりません。
なんか今日いじってみたら記事の投稿日時が指定できるようになってたんで
生中継とか言ってみましたけど。
まぁ後から見た人には録画です(←どうでもいい)
えー先日コメント欄に中途半端なことを書いたら
帰国子女なのかという噂が浮上してしまった管理人ですが、
ぜんぜん違います。ゴメンナサイ。
書き方が悪カタヨ。
「ワタシが中学入ってすぐ海外に越しちゃったりした」は、正しくは
「ワタシが中学入ってすぐ
親が海外に越しちゃったりした」です。
まぁ正確に言えば、一応ワタシもちょこっとだけ行ったんですけども。
これが聞くもナミダ語るもナミダの苦労話なのですよ。
聞いてくれますか。
・・・・・。
勝手に進めますが、
ワタシが中学校1年のころに、なんだか父親が急に米国に異動になりまして。
この父親というのが英語にも外国文化にも程遠い人物だったのですが。
この父親については以前ちょこっと書きましたけども。
さて、父は半年ほど英会話の訓練をしたのちに
単身で渡米することになったのですが、
慣れない地で一人もたいへんだろうということで母も行くことになり、
両親はワタシに半年間の間に一つの決定をするように迫りました。
「両親とともに海を渡るか、姉と二人で3年間日本に残るか。」
親しい友人達と別れ両親とともに異国に渡るか、
姉がいるとはいえ両親と別れて自立の道を歩むか。
中学生のワタシにはたいへん難しい選択だったのですけども。
半年ののち、ワタシは決断をしました。
やはり長い友人達との関係を絶つことはできず。
「日本に残ります。」
そしてそのひと月後。
ワタシは
アメリカにいました。
強制送還。
おい!あの選択使はなんだったんだ!!
・・・どうなのよこの両親。 <後編へつづく>